第1部では、ビートルズを生み出したロックンロールの法則についてとりあげる。ビートルズはこのロックンロールに驚くべきものを付け加えた。そしてロックンロールを新しい「何か」に作りかえてしまったのである。この「何か」がなければ、ビートルズは数多く存在するロックンロール・バンドのうちのひとつにすぎなかったはずだ。
 ビートルズは、この「ロックンロール」を新しい音楽へと進化させた。そのことのすごさを理解してもらうために、この第1部では、主にジョン・レノンが残した言葉を通して、ロックンロールという音楽そのものについて、あらためて確認しておきたいのだ。




ロックンロール革命
 ジョンは、そもそもロックンロールとは何なのか、という定義をめぐって次のように語っている。


《(革命歌というとわずかしかないし、それも19世紀に書かれたものですね。私たちの音楽的伝統のなかで、革命歌として使えそうな曲は見つかりますか?)
 僕が音楽をやり始めた頃は、僕の年齢や環境にとってはロックンロール自体が基本的に革命だったんだ。僕たちみたいなガキの身に襲いかかってくる冷酷さや重圧から逃れるために、何か音がデカくてハッキリしたものが必要だったわけだよ。
 アメリカの猿真似から始めることは、ちょっとばかり気になってたけどね。でも、その音楽を探求してゆくうちに、それが半分は白人のカントリー・アンド・ウェスタン、半分は黒人のリズム・アンド・ブルースでできていることがわかった。曲の大部分はヨーロッパやアフリカから伝わってきたわけで、これで僕たちのほうに戻って来られたってことになったのさ。
 ディランの最高の作品にしたって、スコットランドやアイルランド、イングランドから伝わったものが多いんだよ。文化の交換みたいなものだったんだね。ただし、黒人の曲の方がずっと興味深い。よりシンプルだったからさ。ケツとかチンポコとかを揺すれって言ってるわけだろ。これって、すごい革命だよ・・・・・・黒人は自分の痛みとか、それからセックスについて、何のてらいもなく率直に歌う。だから好きなんだ。》

・・・・・・『Red Mole』1971年3月8日~22日号、『レノン・コンパニオン』p.298

 「白人のカントリー・アンド・ウェスタン」+「黒人のリズム・アンド・ブルース」からロックンロールが生まれた、という考え方は、その後のロック評論家やロック・ファンの常識のようになったものだ。
 この発言の最後のほうで、ジョンは「黒人の曲」つまり黒を強調している。
 黒人の「リズム・アンド・ブルース(R&B)」の素になっているものは「ブルース」だ。また「ジャズ」と呼ばれている音楽の素になっているものも「ブルース」だ。
 「ロックンロール」という音楽の「黒」の部分を強調すると、それは「ブルース」に限りなく近づく。だからジョン・レノンのなかでは、「ブルース」という言葉と「ロックンロール」という言葉は、多くの部分で重なっていたに違いない。
 そこで今度は「白」のサイドを見てみよう。
 ふつう「カントリー・アンド・ウェスタン」というと、アメリカの白人の音楽、というイメージが強いが、ディランについてジョンがいっているようなスコットランドやアイルランドといった民族の音楽がそこには混ざっている。そして人種的にみても、アメリカ白人の中には、ヨーロッパから渡ってきたアイルランド系の移民たちがほかの多くの移民たちと同じように含まれている。そして、このアイルランドの血は、カントリー・アンド・ウェスタンという音楽に独特な影を残している。さらに、ネイティヴ・アメリカン(長い間「インディアン」という名前で呼ばれている人たち)の音楽とも、どこかでつながっている。
 アメリカにいる白人も黒人も「渡ってきた」という点では同じだ。主にヨーロッパから渡ってきた白人たち、主にアフリカから渡ってきた黒人たち。ただし白人たちは、ヨーロッパで食えなくなったとか、いろんな理由があったにせよ、とりあえず自分の意志で渡ってきたのに対して、黒人たちは、白人たちによって無理やり連れて来られた。
 そして、ジョンのいう「文化の交換」が行われた。
 ここでひとつの法則を考えることができるだろう。


ロックンロールの第1法則
「ロックンロール」=「ヨーロッパの白い音楽」+「アフリカの黒い音楽」


 この法則を、ビートルズはさらに応用することになる。
 たとえば「ロックンロール」に「インド」をミックスして、「ヨーロッパ」+「アフリカ」+「インド」といったような、それまで誰も知らなかった新しい快感を作り出したのである。




ロックンロールとはセックスのようなものである
 しかし、ロックンロールの第1法則そのものが、10代の子供たちにとって直接「リアル」だったわけではない。
 彼らにとってほんとに「リアル」だったのは、とにかく「シンプル」で「何か音がデカくてハッキリしたもの」であり「ケツとかチンポコを振り回すこと」だった。
 ジョンたちの前に登場したエルヴィスはひたすらいやらしく下半身を揺すった。
 エルヴィスがデビューしたての頃、評論家たちは「下劣でいやらしい踊りの名人」「まるで原始人のようなステップ」「白人の子供を黒人にする陰謀の張本人」といった言葉で非難したという。しかし、ジョンたちにとっては、だからこそ、良かったのだ。


《いいかい。音楽について書くことは、ファックのことを話すようなものだ。だれがそんなことを話したがる? たぶんそういう連中も中にはいるだろうけどね。ファックはファック、ファックじゃなければファックじゃない。》

・・・・・・『ジョンとヨーコ ラスト・インタビュー』p.135

 ここで、ジョンのいうことを真に受けて、「ファックのことを話すように」ロックンロールについて話してみたらどうなるか、という実験をしてみよう。
 パンツを脱いだ男と女。
 誰もが知っているノーマルなファックの最低条件はこんなところだろうか。
 では、男と女とは、いったいなんだろうか。結論を一気に表にして紹介しておこう。

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♂♀対照表
男(man)=♂ 女(woman)=♀
メジャー・キー(長調) マイナー・キー(短調)
コード メロディー
セブンス・コード ペンタトニック・モード
Ⅴ=ドミナント・コード Ⅳ=サブドミナント・コード
メジャー3度(長3度) マイナー3度(短3度)
メジャー・コード マイナー・コード
ドレミファソラシド音階 いろんなモード(旋法)
ピアノの白鍵の世界 ピアノの黒鍵とギターの世界
完全5度 完全4度
5度圏(cycle of 5th) 4度圏(cycle of 4th)
喜び 悲しさ
明るさ 暗さ
楽器
倍音列(ハーモニックス)逆立ちした倍音列(ハーモニックス)
楽譜による記憶 テープレコーダーによる記憶
目による記憶 耳による記憶
作曲 即興
鼓膜が感じる音 骨や肉が感じる音
垂直 水平
空間 時間
位置 速度
発展+解決=安定 変容+拡散=浮遊
ひとつの中心 たくさんの中心
欲望
働き(機能) 色(サウンド)
超越的 起源的
近代 原始からプレ近代、ポスト近代
西洋 東洋(非西洋)

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 全体的になんだか抽象的な言葉が並んでいるけど、とりあえず無視してほしい。ページが進むに連れて、そういうことだったの、と軽く思い出してもらうために書き出しただけだから。
 ひとつだけつけ加えておきたいことがある。ヨーロッパ系の言語では、「人間」を表わす言葉は、man、hommeというもので、男・女のうち「男」と同じ言葉か同じ語源の言葉がそのまま使われている。つまり男=人間であり、女は男から派生したものと考えられている。これは、クラシックの音楽理論のおおもとにある考え方とつながっている。それに対してロックンロールは、ジョンがいうように完全に「男(♂)+女(♀)の音楽」である。ここの「女=♀」は「男=♂」から派生したものではなく、あくまで「男=♂」とは別の原理をもつ独立した存在である。
 この表のポイントは「メジャー」と「マイナー」だ。男(♂)=メジャーで、女(♀)=マイナーなのだ。
 そしてロックンロールの第2法則が導かれる。


ロックンロールの第2法則
「ロックンロール」=「♂」+「♀」


 表のいちばん下の項で、男(♂)=白、女(♀)=黒、となっているが、これはこの第2法則とさきの第1法則とのつながりを示している。
 この法則をもとに「ベートーヴェンの快感」を乱暴に定義すれば、♀を知らない♂の白い音楽、ということになる(ただしこの「白い音楽」を単純にあなどってはいけない)。
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